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名古屋地方裁判所 昭和38年(ワ)2132号 判決

原告 吉田誠造

右訴訟代理人弁護士 大池龍夫

右同 湯木邦男

被告 愛知マツダ株式会社

右代表者代表取締役 小林治吉

右同 岩本銀次

右訴訟代理人弁護士 青木米吉

右同 鬼頭忠明

主文

被告は原告に対し金二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三八年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告「被告は原告に対し金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

被告「原告の請求を棄却する。」

第二、当事者双方の主張とこれに対する答弁

一  請求原因

1  原告は被告大曽根営業所販売係員訴外植村文生(以下植村という)を通じて昭和三七年三月三一日被告と軽自動車マツダ号一台を代金二四八、〇〇〇円、但し内金七八、〇〇〇円は契約成立と同時に支払い、残額一七〇、〇〇〇円は昭和三七年四月より同三八年一月までは毎月末日限り九、〇〇〇円、同年二月より同年一一月までは毎月末日限り八、〇〇〇円を原告方で支払う約で買受ける旨の契約を締結し、(以下本件割賦弁済契約という)右支払を担保するため昭和三七年四月六日頃被告に対し右各割賦金額を手形金額、割賦弁済期日を満期とする支払地、振出地共名古屋市、支払場所欄白地、振出日昭和三七年四月六日、受取人被告なる約束手形二〇通を振出し、その際被告に対し右約束手形の支払場所欄に名古屋市内の銀行を適宜補充する補充権を付与した。もっとも原告は当時名古屋市内の銀行と当座取引をしていなかったので被告の代理人植村文生にその旨を申し出たところ、同植村は右約束手形の支払場所欄に名古屋市内の銀行を補充した場合は、原告より予め取立た前記割賦金を当該銀行に払込み、手形を決済する旨を約した。

2  被告は原告より受取った前記約束手形二〇通の支払場所欄に訴外株式会社東海銀行大曽根支店(以下東海銀行大曽根支店という)と補充し、これを被告の親会社である訴外東洋工業株式会社(以下東洋工業という)に裏書譲渡し、昭和三七年四月より毎月末日植村を原告方に赴かせ所定の割賦金を取立てこれを右各手形の満期に東海銀行大曽根支店に払込み、手形金の決済をしていたところ、昭和三七年一一月分の割賦金九、〇〇〇円(以下本件割賦金という)については所定の弁済期日である昭和三七年一一月三〇日植村をして原告より取立てさせながら、これを東海銀行大曽根支店に払込み、右同日を満期とする約束手形(以下本件手形という)の決済をしなかったため、右手形の呈示を受けた東海銀行大曽根支店は取引なしとの理由でその支払を拒絶し、本件手形は不渡となり原告はその頃名古屋手形交換所より取引停止の処分を受けた。

3  原告は当時合資会社浪花商会の代表社員として同会社を経営し、名古屋市内において物品回収業等を営んでいたが、右取引停止処分によりその信用は著しく毀損され、事後銀行等の金融機関より事業資金の融資はもとより手形割引すら拒絶されるに至った。右取引停止処分は被告の前記債務不履行により引起されたものであり、原告は被告の前記債務不履行によりその信用を著しく毀損され無形の損害を蒙り、かつ精神的苦痛を受けたので、被告に対し損害金として五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁並びに主張

1  請求原因第一項の事実のうち原告が昭和三七年三月三一日被告と軽自動車マツダ号一台を代金二四八、〇〇〇円、但し内金七八、〇〇〇円は契約成立と同時に支払い、残額一七〇、〇〇〇円は昭和三七年四月より同三八年一月までは毎月末日限り九、〇〇〇円、同年二月より一一月までは毎月末日限り八、〇〇〇円を支払う約で買受ける旨の契約を締結したこと、原告が右残代金支払のために昭和三七年四月六日頃被告に対し右各割賦金額を手形金額、割賦弁済期日を満期とする支払地、振出地共名古屋市、支払場所欄白地、振出日昭和三七年四月六日、受取人被告なる約束手形二〇通を振出したことは認めるもその余は否認する。原告は右約束手形を振出すに当って、被告に対し、同手形の支払場所欄に東海銀行大曽根支店と補充する補充権を附与したものであり、かつ本件割賦金は右約束手形二〇通で弁済を受ける約束であった。

請求原因第二項のうち被告が原告より受取った右約束手形の各支払場所欄に東海銀行大曽根支店と補充し、これを被告の親会社である東洋工業に裏書譲渡したこと、被告が昭和三七年一一月三〇日に原告より本件割賦金九、〇〇〇円の支払を受けたことは認めるもその余は否認する。

請求原因第三項の事実は否認する。

2  仮に原告主張の日時にその主張のように植村が原告に対し予め原告より取立てておいた割賦金を本件手形の満期に東海銀行大曽根支店に払込み、手形を決済する旨を約したとしても、右は原告が本件割賦金を手形の満期日の銀行取引時間内に被告に支払った場合にのみ便宜植村においてこれを銀行に払込み手形を決済することを約したものであるところ、原告は本件割賦金を植村の催告にもかかわらず昭和三七年一一月三〇日の銀行取引時間内に支払わなかったので右同日を満期とする本件約束手形を決済することができなかったのである。

第三当事者双方の証拠の提出、援用及び認否≪省略≫

理由

一、原告が昭和三七年三月三一日被告と軽自動車マツダ号一台を代金二四八、〇〇〇円、但し頭金七八、〇〇〇円は契約成立と同時に支払い、残額一七〇、〇〇〇円は昭和三七年四月より同三八年一月までは毎月末日限り九、〇〇〇円、同年二月より一一月までは毎月末日限り八、〇〇〇円を支払う約で買受ける旨の契約を締結したこと、原告が昭和三七年四月六日頃被告に対し右各割賦金額を手形金額、割賦弁済期日を満期とする、支払地、振出地共名古屋市、支払場所欄白地、振出日昭和三七年四月六日、受取人被告なる約束手形二〇通を振出したことは当事者間に争がない。

二、原告は本件割賦販売契約による割賦金(以下単に割賦金という)は毎月末日限り被告が原告方に取立に赴いた際支払う旨の特約のある取立債務であり、本件約束手形二〇通は右支払を担保するため振出したもので、被告は原告に対し右約束手形の支払場所欄に名古屋市内の銀行を補充した場合は原告より取立てた割賦金を当該銀行に払込み手形を決済する旨の特約があった旨主張し、被告はこれを争うのでまずこの点につき検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると原告は被告大曽根営業所販売係で本件割賦販売契約締結につき代理権を有する訴外植村文生(以下単に植村という)を通じて昭和三七年三月三一日被告と軽自動車マツダ号一台を代金二四八、〇〇〇円、内金七八、〇〇〇円は契約成立と同時に支払い、残額一七〇、〇〇〇円は昭和三七年四月より同三八年一月までは毎月末日限り九、〇〇〇円、同年二月より同年一一月までは毎月末日限り八、〇〇〇円を被告の集金人が原告方に集金に赴いた際に支払う、但し右割賦金の支払を担保するため右各割賦金額を手形金額、割賦弁済期日を満期とする約束手形二〇通を被告宛振出す約で買受ける旨の契約を締結したこと、その際原告は植村より右二〇通の約束手形の支払場所欄に名古屋市内の銀行を記入するよう要請されたが、当時原告は名古屋市内の銀行と当座取引をしていなかったのでいったん断ったところ、植村が右約束手形の支払場所欄に名古屋市内の銀行を補充し、これが満期に支払場所に呈示されたときは、原告より予め取立ててある割賦金を当該銀行に払込み、手形を決済する旨申出たので、原告はその申出に従い昭和三七年四月六日頃被告に対し右各割賦金額を手形金額、割賦弁済期日を満期とする支払地、振出地共名古屋市、支払場所欄白地、振出日昭和三七年四月六日、受取人被告なる約束手形二〇通を振出し、その際植村を通じて被告に対し右約束手形の支払場所欄に名古屋市内の銀行を適宜補充する補充権を附与したことが認められ、右認定に反する証人植村の証言は信用できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定事実を綜合すると本件割賦金は被告が原告方に取立てに赴いた際支払う旨の特約のある取立債務であり、本件手形は右支払を担保するため振出されたものであることが認められる。

三、被告が原告主張の約束手形二〇通の支払場所欄に訴外株式会社東海銀行大曽根支店と補充し、これを被告の親会社である東洋工業に裏書譲渡したことは当事者間に争がない。右事実に前掲各証拠を綜合すると、被告は昭和三七年四月より同年一〇月までは毎月末日植村を原告方に赴かせ所定の割賦金を取立てこれを右各手形の満期に東海銀行大曽根支店に払込み手形の決済をしていたところ、昭和三七年一一月分の割賦金九、〇〇〇円については、植村が所定の弁済期日である昭和三七年一一月三〇日に原告より取立てながら、(この点については当事者間に争がない)これを東海銀行大曽根支店に払込み、右同日を満期とする約束手形の決済をしなかったため、右手形の所持人である訴外株式会社三菱銀行よりこれが支払のための呈示を受けた東海銀行大曽根支店は、取引なしとの理由でその支払を拒絶し、右手形は不渡りとなり、原告は昭和三七年一二月一日頃名古屋手形交換所より取引停止の処分を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は植村が原告に対し予め原告より取立てておいた割賦金を手形の満期に東海銀行大曽根支店に払込み、手形を決済することを約したとしても、それは原告が本件割賦金を本件手形の満期の日の銀行取引時間内に被告に支払った場合にのみ、植村において右割賦金を銀行に払込み手形を決済することを約したものであるところ、原告は植村の催告にもかかわらず、本件割賦金を本件手形の満期日の銀行取引時間内に支払わなかったため、本件手形を決済することができなかった旨主張し、証人植村は右にそう証言をしているが、右証言は≪証拠省略≫に照して信用できず他に右被告の主張を認めるに足る証拠はない。もっとも前掲各証拠を綜合すると、植村が原告方に集金のため訪れたのは、本件手形の満期日である昭和三七年一一月三〇日の夕刻であったことが窺われるが、前記認定のとおり本件手形は本件割賦金の支払担保のため振出されたものであるから、元来原告は被告より本件割賦金の支払を求められた場合、本件手形と引換でなければこれが支払を拒むことができるのであり、被告が本件手形を東洋工業に裏書譲渡している以上、被告の原告に対する本件割賦金債権は既に消滅しているから、これを同訴外会社より受戻したうえ、原告に対し右手形と引換に本件割賦金の支払を請求しなければならないところ、前記認定事実を綜合すると被告は東洋工業より本件手形を受戻さず、本件手形を所持していないにもかかわらず、これを秘し原告に対し本件割賦金の支払を請求し、その支払を受けたため、本件手形は昭和三七年一一月三〇日東海銀行大曽根支店より支払を拒絶されたことが認められる。よって原告が被告主張のように本件手形の満期日の銀行取引時間経過後に植村に対し本件割賦金を支払ったとしても、このことから直ちに本件手形不渡につき被告に責任がないとはいえない。又証人植村文生の証言によれば原告が植村に払った本件割賦金九、〇〇〇円は遅くとも昭和三七年一二月一日正午までに被告会社本店の会計課に入金されたことが認められるから、被告が本件割賦販売契約の当事者として信義則の要求するところに従い直ちに善後措置、例えば東海銀行大曽根支店に本件手形の「依頼返却」を委託するとか、或は原告名義で本件手形金額九、〇〇〇円を東海銀行大曽根支店に預入れ、同銀行をして名古屋手形交換所に対し異議の申立をなさしめる等の手段を講じれば、原告に対する取引停止処分を免れしめることができたにもかかわらず、被告がそれらの手段を講じなかった過失により、原告は昭和三七年一二月一日頃名古屋手形交換所より取引停止処分を受け、同交換所規則第二九条によりその旨の通知を受けた社員銀行より事後三年間当座取引及び貸出取引を拒絶されるに至ったものといわなければならない。よって被告は前記債務不履行により原告に与えた有形無形の損害を賠償する義務がある。

四、前記認定事実に≪証拠省略≫を綜合すると原告は右取引停止処分を受けた当時合資会社浪花商会の代表社員として同会社を経営し、名古屋市を中心として化粧品材料販売並びにその空瓶の回収業を営んでいたが、右取引停止処分によりその信用を失い、既に二五〇、〇〇〇円の融資方の承諾を得ていた訴外中日信用金庫から融資方を拒絶され、且つ名古屋市信用保証協会から保証を受けることもできなくなったため、事業資金の調達が著しく困難になり、精神的苦痛を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。又特段の事由のない限り、商業者が取引停止処分を受けた時はその信用が毀損されることは公知の事実であるから、原告は被告の前記債務不履行により信用を毀損されたものといわなければならない。

五、そして以上認定事実を綜合すると被告が原告に与えた無形の損害ないし精神上の損害の賠償額は二〇〇、〇〇〇円をもって相当とするから、被告は原告に対し二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかである昭和三八年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元吉麗子)

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